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私信 <心がけ>
2006 / 09 / 17 ( Sun )
私は何かをしてもらった場合、
必ずありがとうと言うよう心がけたり、癖付けたりしています。

「癖じゃ心から言ってないね」という人も居ますが、
そうは言っても人間うっかり忘れてしまう事もあるため
忘れないように癖付けるようにしています。
忘れたくないためです。

例えば「何か忘れ物ないか」と
気を使ってくれる時にありがとうと思い、伝えるわけですよ。

道徳の話を聞けばこの時点で納得する人も居ます。
でも近年「なんで人を殺しちゃいけないの?」なんて
話を聞いたらとんでもない事を言う話も聞いたりします。

では、これを数字とか損得のような物に交えて話しましょう。

人間の時間は1日24時間、それは誰にでも平等な訳です。
自分のために使います。
それを相手に分け与えているのです。
自分の時間を使ってまで相手の事を気遣ってくれているという事は
ありがたくは無いのでしょうか?

確かにたまにうざったいと思う時も年代もあると思います。

自分の事をやればいいのに
それでも相手の事をわざわざ考える。
それは自分よりも相手の事を
気をかけてくれている事に他ならない訳です。

本来はありがとうと言える事など幾らでも有ると多います。
ただそれに気付いていないだけ。


「何かやってあげたのにありがとうと
言ってもらっていない」という話も聞きました。
これは上とちょっと違います。

これはどこかに、ありがとうと言ってもらいたいという
「押し付け」があるためです。
「あげた」という所に感情が込められています。

もしあなたが「してあげた」と思うなら
そこまでして「あげなくても」いいと思います。


一番最初の例の人は、
お礼を言ってもらう為に
人に何かをしてあげている訳でもないのです。
「あの人が困らないかなぁ」とただ心配しているのです。
有形無形に関わらず無償の行為です。

たとえ見返りが無くても
「まあいいか」と過ぎ去っていきます。
ただそれだけの事なのです。

一番最初の話に戻りますが
なぜ癖を付けてでも言うようにしているか?

人間どうしてもその時その時の感覚や体調で左右され、
普段できることも出来なかったり、うっかりも有ります。
間が悪いと(タイミングが悪くてさらにタイミングが悪い場合)、
ちょっとしたきっかけだけでもギクシャクしてしまう事もあります。
言葉がきつければ尚更です。

その時は違っても間が悪い流れで
変わっていく事は幾らでもあります。
自分がそうは思っていなくても
そう思われてしまうのは悲しい事です。

だから忘れないようにしているわけです。


蛇足:

そう言っても何回かのケースで
恩着せがましく思えたりする場合は
言わなかったりしますけどね。
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