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生まれながらの持ち合わせ <天性>
2008 / 01 / 23 ( Wed )
先日データをを渡す際、
JPGをそこそこ印刷にも耐えられるように
低圧縮・高解像度のデータを作ったのですが、
「メールする際に重い」という事で
内容だけの確認のために高圧縮の物を作ったのですよ。

その際、画面上パッと見だと違いがよく分からないという話になり、
違いを比べようという事で高・低両方の印刷物が合ったので見比べてもらいました。
私が見ると端っことかにそのキレイさの違いは出ているのですが、
相手が見ると余り気にしていないという事があった。

個人差もあるけれど、多分「はっきり汚い」とか「欠けている」レベル
じゃないとあまりに気にならないのかな。

精度の違いは業務印刷をかけた時にはっきり分かるが・・・
(そんな事態が起っていたら手遅れ)

なぜ同じ人間なのにこうも違うのかと考えていたら、
「脳に感じる場所がない」なんて話を思いついた。

例えばニオイ。
フランスだと香水の調合をする調香師で
超一流の人は「鼻(「ネ」)と読みます」という
称号を与えられたりする程スゴい人もいる。
のにもかかわらず、余り気にしない人も世の中には居る。


私の場合ですと
コーヒーがそれに当たって
缶コーヒー飲んでも喫茶店で飲んでも
余りコーヒーに感心が無いせいか、
味の違いにより美味さというのを感じた事がほとんどない。
「味の透明さ」とか「ミルク入っていてベタつく」位は思いますが、
だからと言って好んで喫茶店に行くかと言うとそうでもない。

他は音。
へっぽこスピーカーでしか音など聞かないから
音源がCDとMP3とその違いをそんなに気にしない、とか。



同じ人間なのに、なぜこうも違いがあるのかという話に戻るが、
本人が気にしていないという事もあり、
「それを感じる感覚とかを持っていても訓練していないから気づかない」とか、
「そもそもその部分に対して感心も何もない」とか、
「そもそも感じる部分がない」とか、
そんな理由もあるのではないかと思った。

分かりたくても「無い」から気づかない。

この話を続けていくと「感覚欠損ダメ進化」とか
「先祖帰り的感覚欠落」とかそんな話になってしまいそうなので
ここで終了しますが、

まあ、
繊細さを感じられる物を持っていると
いうのは良い事ですよ?


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